第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章
「それじゃあ、杏を選ばせていただこうかな」
「あたし!?うそ…」
「お姉ちゃんやったね!」
「杏ちゃんの想いが報われました!」
俺が杏を選んだと同時に部屋は盛大な盛り上がりを見せていた。
まるでカップルが成立したかのような盛り上がり。
残念ながら俺にはまったくその気がない。
この状況をどうしたものか…
「負けてしまったか…」
「おめでとう藤林さん。これからはあなたが岡崎の隣にいるべき人だ」
「いやだなぁ坂上さんったら、別に告白したわけでもないんだから」
「なにを言う。これから二人は愛し合う仲のだぞ。これを恋人と呼ばずしてなんと呼ぶ」
案の定、誤解が一人歩きしだしている。この辺で一つ、俺が何とかせねばならないようだ。
「あのさ… 盛り上がっている所で悪いけど。杏に手を出すつもりはないぞ?」
「それに杏を選んだけど、別に恋人になるつもりなんてないし」
誤解を早々に解くべき。俺のメスによって部屋には静けさが戻っていた。
『え?』
そろいも揃って間抜けな表情をして俺を見ていた。
俺がそんなにおかしい台詞を口にしたのだろうか?
おかしいのはどう考えてもこの状況以外にない。そしてお前たちの頭も十分おかしい。
「誰か一人選べっていうから、仕方なく杏を選んだんだけど…」
「てか冗談だよな?泊まってもいいけど、一線越えるって洒落にならないぞ?」
『………』
いったいこの空気はなんだ?
この場の空気に耐えられずにあたふたする者。
俺を責めるように睨みつける者。
呆れたような眼差しを向ける者。
そして一番予想外だったのが杏の行動だった。
「そうよね!朋也は仕方なくあたしを選んだ。あたしったらおっかしい〜」
「なに浮かれちゃってたんだろうね…」
「お姉ちゃん…」
「やだっ… 少し風にあたってくるね」
杏は玄関まで小走りに歩いていった。
確認することはできなかったが、杏の声色から彼女が泣きだしそうになっているのだろうとは予想できた。
もしかしてマズイことを口走ってしまったのか?
「岡崎くんその言い方はあんまりです。お姉ちゃんが可哀そうです」
「椋!いいのよ… そもそも朋也に無理強いさせているこの状況がおかしいんだから」
「でも…」
杏は去り際、俺に迫ってくる妹を押さえ込み、そのまま外へと出て行ってしまった。
「岡崎!」
「す、すいません…」
俺は坂上の一喝で縮こまってしまった。
「謝る相手が違う。それに謝るくらいなら彼女を大事にしてやれ」
「大事にって言ってもな…」
「別に藤林さんだって岡崎と本気で恋人になれると思っていたわけではないのだろう」
「でもこの中の一人に選ばれたことは素直に喜んでいたはずだ」
言われてみると頬が緩みっぱなしの杏が目に焼き付いている。
好意を抱いている男に選ばれたのだから、喜ぶのは普通のことだよな…
「それなのに岡崎の心無い一言で彼女の心は傷ついた」
「全ての責任を取れとはいわない。しかし優しくしてあげることくらはできるだろう?」
「例えば?」
「それは岡崎自ら考えなくてはならないことだ」
「そうだよな。うん、迷惑かけたな」
「いや、こちらこそお騒がせしてしまった。申し訳ない」
「今度はもう少しやんわりと頼む」
「その必要はないと思う」
「どういうことだ?」
「そのうちわかるさ」
俺の心を撃ちぬくにしても奇想天外な行動は避けてほしかった。
今度からは『普通』というやつでお願いする。
俺はそう言葉にしたのだが、坂上は意味深な発言をして俺の願いを受け取ってくれなかった。
その時は何のことだが見当もつかなかったのだが、
あとになって坂上の発言の本当の意味を知ることになるとは…
◇◇◇
その後は杏だけを残して全員帰ってしまった。
嵐が去った後の部屋はなんとも静かで、杏とも先ほどの一件があってか気まずさが残る。
そして俺は考える作業に没頭していた。
『杏とのこれからの付き合いかた』
それが目下の課題である。杏の想いを受け入れることは今のところはない。
今付き合うことになってしまえば、彼女とは『付き合ってやっている』みたいな関係となってしまいかねない。
それはいくならんでも可哀そうであり、俺としてもそれはしたくない。
現状は前向きに検討しておくくらいしか返す言葉はなかった。
それで杏も納得してくれたようだった。
それにしてもマジで杏は俺のことが好きだったのか…
一つの懸案事項は解決したものの、最大の問題は解決していない。
杏と一夜を共にするなかで、彼女とどう付き合ってゆくのか?
友達以上恋人未満の関係である俺と杏。
冗談交じりに夜伽なんて言葉までも飛び交っていたものの、いくらなんでもそれはない。
それに妹が去り際、俺に伝えてきた言葉が頭から離れてくれない。
『お姉ちゃんのこと本気で好きになってくれるなら、お姉ちゃんを岡崎くんに任せてもいいです』
藤林、いつからお前は姉の保護者になった?
ただそれだけならまだマシ。そのあとの発言が爆弾発言すぎた…
『岡崎くんはもってますか?』
『何をだ?』
俺がそう問いただしたら藤林は照れながら答えを濁して教えようとしてくれた。
『アレですよアレ…/// 間違いがあると大変ですから』
『あれって言われても…わからん』
残念がらアレやソレで会話が成立するほど俺と藤林は深い関係にない。
そんな俺の態度にしびれを切らしたのか、藤林は答えを目に見える形で教えてくれた。
『もうっ… その様子だと持ち合わせていないと判断させていただきます』
『おっおう…』
『はい、万が一の時にはこれを使ってくださいね』
かばんから取り出したポーチに入っていた『ソレ』を俺の手に乗っけてくれた。
どうやらタダで俺にくれるらしい。これは喜んでいいのだろうか?
『………藤林これはなんだ?』
『見て分かりませんか?避妊具ですけど』
そう、そいつは紛れもない避妊具というやつだった。
リアルで見て手に取ったのは初めてだぜ…
『どうして藤林がこれを持っている…』
『私も彼氏がいますから、万が一の時の為に』
なるほど… 藤林はすでに経験済みなのだろうか?
………うん、聞いてはならない気がする。
踏み込んでしまえば、次から藤林とどう接すればいいのか分からなくなりそうだ。
これ以上は知らぬが仏というやつだ。
『こいつを俺に使えと?』
『それはお二人で相談してください』
『相談て…』
『お姉ちゃんはまだ学生ですから、くれぐれも間違いだけは起こさないように』
と、こんなやりとりが姉の知らぬところで繰り広げられていたのだった。
―――
――
―
そんなやりとりがあってか俺は杏を意識してしまっている。
バレないように引きだしに隠した避妊具が余計にリアルさを物語ってくれていた。
くそっ… こんなことならペチャパイ風子でも選べばよかった。
杏のスタイルは目に毒だ。
俺が妙に杏を意識してしまったことで行動にも表れてしまっていた。
そのことを相手も感ずいたようで「普段通りにしてましょう」と杏が提案をしてくれた。
そうそう。ダチが泊まりにきた。ただそれだけのこと。
邪な考えも妄想も頭の奥底へと終いこんで、それからは普通の友達同士として振る舞えていた。
杏が風呂を借りた時くらいはドキドキしていたが、それくらいなもの。
特に俺たちの関係が変わるような出来事は起きはしなかった。
そして夜が更けていった―――
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